クアラルンプールのショッピングモール

今回は、マレーシア・クアラルンプールの物流会社に運送ドライバーとして就職した経験を持つ30代男性への体験談インタビューを紹介します。

マレーシアで働くことになった経緯について

日本に留学のために来ていたマレーシア人の女性と出会い、お付き合いをすることになり一緒に暮らすことになりました。

マレーシアに住むその子の両親が、「結婚をするならマレーシアで暮らしてほしい」と言うため、マレーシアで働くことを検討しはじめました。実家にいる両親は「幸せにつながるならそれでいい」と言って、理解を示してくれました。

マレーシアで夫婦として暮らすことになった私達ですが、クアラルンプールに妻の実家があるので、住まいを探す必要はありませんでした。

やや古い家ではありましたが、それなりに大きいためしばらく厄介になることにしました。
私は日本ではトラックの運転手をしており、それなりに経験もあったのでマレーシアでもドライバーとして働き始めました。

マレーシアのクアラルンプールでどのように求人情報・仕事を探したのか

クアラルンプールには、就職を支援するための会社がいくつかあったので、そちらで仕事を探しました。

施設内に入ると、日本のハローワークのようにマレー語で書かれた書類が隅の方に沢山置いてありました。
マレー語は私には読めないため、妻がその内容を翻訳しながら教えてくれました。

サービス業に分類される業種があったので、少しずつ調べていきました。募集している職種はIT関連の物が多いと感じました。

募集している紙を調査すると、クアラルンプールからタイまでトラックを使って荷物を運搬する仕事がありました。
未経験者でも歓迎と書いてあるので、これにしようと思い受付に紙を持って行きました。

問題は会話ができるかどうかでしたが英語で話しかけてみました。私の英語は日常生活で使える程度でしたが、受付が頷いてくれたので安心しました。

そして受付にお願いして手続きを進めてもらいました。面接は緊張しましたが、妻も一緒について来てくれたおかげで、信用を得る結果につながったらしく採用して頂くことができました。

ネットでも探すことができたみたいですが、妻の実家はネット回線を利用する環境はなかったので、足を使って調べました。

マレーシア・クアラルンプールでの仕事内容

私が働くことになったのは中小企業の物流会社です。年収は5,500RMと日本円で約170万円ほどになります。

日本で運送ドライバーで働いていた時よりも低いですが、物価が驚くほど安いので特に不便は感じていません。

物流会社では、クアラルンプールで荷物をトラックに積んで、それをタイにある倉庫へ移動させる仕事です。
道が舗装されているかが心配でしたが、マレーシアはかなりインフラ整備が進んでいるため、しっかりとした道路が出来上がっていました。
そのため、普通にトラックを走らせていくことができたので安心しました。

初めてトラックを運転をすることになった時、助手席にマレー人男性が乗りました。

私に道を教えるため、色々と話しかけてくれたのですが、何を言っているのかほとんど理解できず道を間違える結果につながってしまい、怒られたこともありました。

給料を初めてもらった時は、妻とその両親がご馳走を作って待っていてくれたので嬉しかったです。

日本の味つけよりもやや辛口でしたが、美味しいと感じる料理ばかりなので、舌鼓を打つことができました。

また、ビールも用意してくれたため、皆で仲良くお酒を飲んで楽しい時間を過ごせました。この時の体験は良い思い出になると考えたので、両親に送る目的で写真を撮っておきました。

 

マレーシアで働くのに必要な英語力

職探しをしている時と、仕事を開始した直後は日常会話程度の英語が限度でした。

お金や時間、または仕事などは簡単な英語なので意思を伝えることができました。ところが、地名などは聞いても理解できない部分が多くて困りました。

日本にいる時なら地名を聞けば分かりましたが、マレーシアや仕事で移動したタイ内の場合は、まだ不慣れな状態だったので慣れるのに時間がかかりました。

妻に相談をしてみると、本屋で英語の教材を買ってきて私にレッスンをしてくれました。妻は日本語もある程度なら話せたので、講師としてはうってつけな人材でした。

あと、英語の授業は仕事を終えた後の時間帯を使って行われました。かなり厳しく指導してくれたため、英語が着実に身についていくのを感じました。

妻のおかげか、一緒にトラックに乗る同僚との会話もスムーズに運ぶようになりました。その結果、同僚から「英語が上手くなった」と褒められたので、勉強して良かったと感じました。

 

クアラルンプールでの生活について

住んでいるのはクアラルンプールのやや田舎にあたる地域で、道路は舗装されていない部分もありました。

妻の実家に住み込んでいたため、家賃ではなく生活費として毎月500RM(約1万3000円)を渡していました。
「気を遣わなくてもいいのに」と妻は言いましたが、無料で住むのは申し訳ないと考えたのが理由です。

通勤方法ですが、自転車を使って会社へ移動していました。
会社は距離にして約6kmほどの場所なので、徒歩ではきつかったためです。自転車は近くの店で購入した安物を使っています。

朝食にはナシレマという名の料理を食べることが多いです。ココナッツミルクで炊き上げたご飯に、魚や卵をかけやや辛めなペーストを乗せて食べる料理です。

初めは困惑しましたが慣れてくると病みつきになります。あと、ご飯で使われているお米は、は日本で食べている物よりも水気が少ないのが特徴です。

お昼はパン屋に足を運んで、やや辛めなパンを買って食べています。夕飯はカレーのような料理が出てくることもあります。

収入は年収170万円と日本では少ない感じですが、ここマレーシアでは問題なく暮らせる金額で貯金も増えていきます。例えば外食をする場合は、日本では最低でも700円近く必要ですが、ここでは100円未満で済みます。

マレーシアでの仕事

マレーシアは一年中気温の変化がないため、日本で働いていた時のように、服装を変化させる手間がかからなかったです。変な表現ですが、1年中似たような服装で過ごしている感じです。あと、マレーシアの割増賃金は、日本よりも若干多めになっていました。マレーシアの労働法で決まっていることだと会社の人が言っていました。

この国の人と働いて大変だと感じたのは、言語の壁があったことです。失敗も経験しているので、申し訳なかったと感じています。ただ、英語が通じるとわかってからは、壁が一気に消えたような気がします。英語のおかげで頑固だと見ていた同僚が、陽気な人だと理解することができたので、仕事が楽しくなりました。なので、英語を使えるかどうかが、マレーシアで働けるかの鍵かもしれないです。

私のキャリアにおいて、マレーシアで働いたことは大きな成長につながった気がします。日本にいるだけでは味わえない、様々な経験をすることができたので、自身を磨く結果につながったと思っています。