ジャカルタショッピングモール

今回は、ジャカルタの製造業種の起業で営業職として駐在し、働いた経験を持つ30代男性への体験談インタビューを紹介します。

インドネシアで働くことになった経緯について

私は2012年〜2016年までインドネシアで約5年間本社からの出向で現地駐在員として働いていました。
働くことになったきっかけは2012年にインドネシア小会社を立ち上げる際、日本本社から立ち上げメンバーとして選抜されました。

もともと現在の会社に入った時から将来は海外で働きたいという目標を持ち、日本勤務の時に営業で結果を出すことはもちろんのこと、いつ海外赴任になってもいいように英語の勉強を続けておりました。

毎年4月に希望職種、場所をアンケートを取る仕組みがあったのですが6年目の4月にようやく認められてインドネシアで働くことになりました。後に何故選ばれたのか聞いたところ、こつこつ英語を勉強したやる気と熱意が認められ、はじめは300点だったTOEICが800点になったことが特に印象がよかったとのことです。

 

海外で働く希望があり、海外駐在ができそうな会社に転職をした

私が今の会社に入社した経緯についてですが、もともと大学生の時に1ヶ月アメリカのホームステイ留学をした際に英語の魅せられて将来は海外で働くことができる会社ということに照準を合わせて就職活動を行っていました。

就活当時は社会のことがよくわかっておらずまた自分が何をしたいかも決まっていなかったので、海外に行く事ができる会社且つ、父親が食品会社に勤めていたので私も食品会社を中心に受けていました。

入社がきまった会社は食品会社で当時はアメリカに事務所があり、会社規模としてはとても小さかったですが頑張れば海外で働くことができる会社だと思ったので入社しました。

しかし入社してみると、入社前に言われていたことと違い海外事務所は当時は事務所があるだけで誰も駐在しておらず今後も未定ということが分かり、もやもやしたまま1年間働き続けました。

このまま目標が達成できるか分からない会社で働くよりももっと確実性があるところで働いた方がいいという考えに至り、転職活動をして東証1部に上場しており海外にも工場がある今の会社のほうが確実性があると思い新卒で入った会社を退職、今の会社に入社しました。派遣される経緯については前項でご紹介させて頂いた通りです。

 

インドネシア・ジャカルタでの仕事内容

年収は海外勤務の時は約800万でした。これは日本で通常給料の他に海外勤務手当・単身赴任手当てが別に支給されていたため日本で働いている時よりもだいぶ多くもらえていました。

仕事内容についてですが、私は営業統括Directorという肩書きで派遣されたので営業責任者且つ会社経営にも参画していました。

営業の部分では当時は私の他に2人営業がいたので3人で担当エリアを分けて、顧客訪問すると同時に3人分の数字の管理、他の2人の仕事のフォローをしていました。
また、インドネシア人営業スタッフを8人雇っていたので彼らの管理も行っていました。

日本人営業スタッフの担当エリアは各個人に裁量を持たせてほぼ任せる形をとっていましたがインドネシア人スタッフとはよくローカル企業に同行訪問し一緒に会社説明、PRを行っていました。

インドネシアは海洋国家と呼ばれており大小1万の島からなっていますが、スマトラ島やカリマンタン島にローカルスタッフと出張をし現地ユーザーや企業にPR活動をしていました。
会社経営の部分では会社の財務に関することと人事に関するところに参画し会社の状態を常にモニタリングしながら運営していました。

大変だったことは一人で何役もやらなければいけなかったことです。日本の場合だと、1つの営業所の1人の所員という立場でしたが、インドネシアでは支社立ち上げというタイミングだったこともあって、経営・営業・サービス・在庫関係に全て携わっていました。

ただ責任が大きい分、現地の日系企業の社長やローカル企業社長など日本では会うことができないような肩書きの方と沢山知り合えることができたのは、とても楽しく勉強になりました。

また上司という上司がおらずに、同僚全てが目的を同じにした仲間のような雰囲気で働けるため、忙しい割にはストレスはほとんどありませんでした。

インドネシアで働くのに必要な英語力について

私の場合の職探し当時というのは日本の営業所で勤務している時ということになりますが、当時はTOEIC300点でした。現在はTOEIC900点です。

海外勤務をするためにこつもつ勉強してきたので800点は海外赴任直前に取れましたが100点を伸びたのはやはり現地で英語を使う機会が日本よりも多かったからだと思います。

職探しにおいて英語面で苦労したかということですが特にしていません。日本の本社に勤めている時は自発的にTOEICの点数を上げるために勉強していたので苦労を感じたことはありませんでした。

募集条件や面接も特になく選んでもらえたのでやってきたことがそのまま認めてもらえました。

実際にインドネシアで働いてみて英語を沢山使用するかといったらインドネシア語のほうが断然使っていました。

インドネシア人社員に関しては、業種にもよりますが製造業の場合マネージャークラスでないと英語が話せないことが多いですし、逆に日本語を話せるスタッフが多いので英語を話す機会は少ないです。

オペレーションスタッフは英語を話せないのでインドネシア語を話すか、通訳が必須です。

ジャカルタでの生活について

住んでいた環境についてですが、ご存知の通りインドネシアは国民の90%以上がイスラム教徒です。

近年問題になっているイスラム国(ISIS)はインドネシアに対してイスラム教徒がほとんどの国なのに原理主義でないのはおかしいと発言しており、それに呼応したISIS予備軍が国内には多数いるといわれており規模こそ大きくないですがテロが多発しています。

そのような環境なので我々外国人が住む場所はセキュリティがしっかりした高層マンションがほとんどです。

家賃は単身、家族連れによって違いますが大体今の相場はジャカルタ市内で単身は$1500〜1700 家族連れ(小さい子供2人)の場合は$2500-2800といったところです。

駐在員が主に住むマンションは高額ですが、現地採用の方が主に住む高層マンションでも$600くらいからあり、広くて清潔感もあり安全です。

食事については2012年から一気に日系企業の進出が増えたことに比例して日本食屋も沢山でき、もともと日本食スーパーもあるので普通に日本食を気軽に食べることができました。

就任的に生活が楽か大変だったかについては、私の場合は家族連れできていましたが楽でした。
それは家の家賃、子供の幼稚園等全て会社が払ってくれたからです。

自分のキャリアに確実にプラスとなったインドネシア駐在

インドネシアで働くことと日本で働くこととの違いはインドネシア人という外国人と一緒に働くことで日本人が常識に思っていることが彼らにとっては理解ができなかったり、彼らにとって常識と思っていることが我々にとって理解できないことが多々あるのでそこに折り合いをつけることが難しかったです。

例えば我々の常識でいうと約束時間の10分前には着いているのが常識ですが彼らの場合10分、15分遅れることは当たり前と思っており、お客さん側も我々を待たせることが普通なので時間の考え方が違います。また間違ってはいないのですが彼らは必ず有給消化率が100%です。

それに加えて有給とは別に病気やすみ等があるので年間の休暇日が非常に多く生産性が悪いです。

このことが違いであり、彼らと一緒に働く大変さにつながります。逆に楽しかったことは彼らはいい意味でどこまでもポジティブなのでインドネシア語の代表的な言葉で「Tidak apa apa」(大丈夫さ)という言葉あり常にTidak apa apaと言っているので落ち込んでいても私まで何故かポジティブになることがあり彼らと仕事をしていて楽しかったです。

自分のキャリアについては確実にプラスになりました。前述しましたが日本では営業所の1人の所員でしかありませんでしたが営業責任者で部下(仲間)が下にいて、経営にも参画、インドネシア語を覚えれたことなどプラス面しかありません。