今回は、フィリピン・マニラの貿易・物流会社のジャパンデスクの事務職として就職した経験を持つ20代女性の体験談を紹介します。

フィリピンで働くことになった経緯について

2009年にまだ大学生だった頃にフィリピンで英語留学をし、その他20カ国をバックパッカーとして旅しましたが、人の優しさ・気候・文化から一番フィリピンが好きになり、その後毎年訪れるようになりました。

大学卒業後は日本で旅行会社で勤め始めましたが、国内とハワイ担当で沖縄とハワイに出張はありましたが、フィリピンへ行く機会はなくなり、どうしてもフィリピンが恋しくなったので退職し、2014年フィリピンへ移住することにしました。

再度英語の勉強をしながら、バギオ・セブ・マニラと3都市を経験したのちに現地採用でセブとマニラで就職活動を始め、希望通りの給料・待遇・仕事内容の会社から内定をいただけたので、マニラで働くことにしました。

 

セブとマニラで転職エージェントを活用して現地採用求人に応募

セブではReeracoen Philippines、マニラではSAGASSという日系人材会社で仕事を探しました。

Reeracoenは日本のネオキャリアという人材会社のフィリピン支部で、英語を再度勉強していた英語学校に日本人の営業の方が講演会に来られたので、知りました。旅行会社で働いた経験があることを伝えると、日系旅行会社の求人を紹介してくれました。

セブはマニラに比べて英語学校も多いため、勉強後そのままセブで住んで働きたいという日本人が多いようで、募集中の求人もそんなに多くはなく、平均月給もマニラより2〜3万円安いようでした。

セブにいたころからマニラの求人も探し始め、インターネットでSAGASSという人材会社を知りました。

連絡をすると、すぐ返事をいただけ、セブから一度日本に帰国し、またフィリピンに帰ってくるタイミングで1週間コンドミニアムの1室を日払いで借り、6社との面接を連続4日間に詰め込んで設定してくれました。

受けたのは、旅行会社・製造業・商社・物流業と様々でしたが、翌週には3社から内定をいただけ、面接が2度以上あったのは今勤めている会社のみで、それ以外の会社は一発勝負でした。

日本で就職活動をしたときは、説明会参加・エントリー・履歴書提出・1次面接・2次面接・最終面接と多くの労力と長い時間がかかりましたが、マニラでの就職活動は、面接から内定までが1週間もかからず、簡単な印象を受けました。

 

マレーシア・クアラルンプールでの仕事内容

月給は額面で10万ペソなので、税金等を引くと、手取りは8万ペソ(18万円)程度です。

年に4回(1ヶ月から2か月分)のボーナスと13ヶ月手当て(1ヶ月分)があるので、年収はボーナスが全部1か月分だとしても119万ペソ(266万円程度)です。

これに加え、家賃補助全額と専用の車と運転手の提供がついています。会社は物流業で、フィリピンの保税区に進出している製造業の会社が海外から材料を輸入したり、加工品を海外へ輸出したりするのを手配するのがメインのビジネスで、その他にはフィリピン国内消費用の輸入や国内輸送のお手伝いもしています。

お客様は日系製造業が中心で、マネジメントは日本人駐在員、工場で働くのはフィリピン人という場合が多いので、輸送料金の承認、緊急貨物の輸送、問題が起きた際の対処は日本人駐在員の方が問い合わせをしてくる場合が多いです。

私の勤める会社にも日本人駐在員はいますが、ほとんどが営業でオフィス内にいないため、いつでもオフィスにいて日本語で日本人のお客様に対応をするのが私の仕事です。

これまで物流業で勤めた経験がなかったため、全ての流れを理解することと、英語でトレーニングも全て行われる中で物流や貿易の専門用語が多く出てきたことが大変でしたが、半年ほどで慣れました。

一緒に働いているフィリピン人は皆明るく、日本の会社ように真剣な雰囲気というより、笑顔と笑い声が毎日聞こえてくる職場で楽しく毎日仕事ができています。

フィリピンで働くのに必要な英語力

職探し当時は英語学校でみっちり勉強をした後だったので、日常会話程度は出来るようになっていましたが、現在は日常会話ではあまり使わないようなビジネス英語の単語も普段から使うようになりました。

現地採用の就職活動中に提出していたTOEICスコアは875点で、その時点で英語には苦手意識はなくなっていました。

受けた6社のうち、英語での面接が3社ありましたが、特に日本語で説明するのと変わらない感覚で英語で説明できたと思います。

実際に働き始めてからも英語で苦労したことは専門用語くらいでしたが、フィリピン人の営業状況を日本人駐在員の営業に報告するという仕事もあるため、フィリピン人20人の会議に日本人1人で参加することがあります。

英語が公用語なので、会議も英語で基本的に行いますが、議論が白熱するとタガログ語になることがしばしばあり、就職前は全然分からなかったタガログ語の能力が伸びたと思います。話すことはできないけれども、言っていることの半分くらいは理解できるようになりました。

クアラルンプールでの生活について

住んでいるのは2階建てのタウンハウスです。

就職が決まり、家探しをしているときに日本人駐在員の上司からはマカティやボニファシオなどの安全な地区のコンドミニアムに住むようにと言われましたが、毎日通勤でタクシー渋滞にはまるのが耐えられなかったため、会社から徒歩10分圏内で家を探しました。

1階にキッチン、トイレ、シャワーがあり、2階に2部屋ベッドルームがあり、家賃は13,000ペソ(3万円程度)です。

お昼ごはんは会社の前にある食堂でフィリピン人の同僚と一緒に食べることが週に3回ほどですが、ご飯とおかず2品で50ペソ〜60ペソという価格です。

週に2度程度は近くのショッピングモールで日本食や韓国料理など120ペソ〜200ペソ程度のものを食べています。

夜ご飯は自炊して100ペソくらいでした。
月収は日本にいたころより少し少ない程度ですが、家賃補助も車支給もあり、物価も安いため、日本で一人暮らし・電車通勤をしていたころより、多く貯金ができています。

フィリピンでの英語を使った仕事経験を活かしてヨーロッパで就職をしたい

フィリピンで働くことと日本で働くことの大きな違いは、英語を使って仕事をするということです。

私の仕事の場合は日本人のお客様対応ですが、日本人のお客様からの問い合わせを日本語で受けた後、フィリピン人の担当者に内容を英語で確認し、時には会議を行ったり、指示をしたりして、日本人のお客様に回答をします。

会社内にも日本人よりフィリピン人が多いので、日常会話も英語で、一日の半分以上は英語を話しています。フィリピン人と働く中で大変だと思うことは、期限つきのタスクでも期限内に完了することがほとんどないことです。

フィリピノタイムという言葉がありますが、これは仕事においても一緒で、始業時間が8時半なのに9時になっても半数もフィリピン人は出勤していないし、期限は1日早くいったり、なんどもリマインドをしないと時間通りには必要なものが出てきません。

それでも、フィリピン人は皆フレンドリーで明るく、他人のミスを咎めたりもしないので、同僚とギスギスした関係になったりすることもなく、楽しく仕事が出来ます。

自分のキャリアにおいてのこの経験は、すごく貴重なものになったと思います。フィリピンのあとはヨーロッパなどに移住したいと思っていますが、きっとそこでもこの経験は役立つと思います。